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【原点回帰】 高校生の夏
 今週の日曜日、甲子園において高校野球の決勝戦「駒大苫小牧vs済美」が行われた。その日は見ようと思ってチャンネルを変えたわけではなく、アイロンがけをしながらたまたまザッピングしていたところに高校野球の試合風景が写っていたので、ちと見てみようと思ったのだ。未だ試合は始まったばかりで、途中まで見たら録画して未だ見ていない「さとうきび畑の唄」でも見ようかと半ばおきらくな気持ちでその試合を観戦していたのである。
 ところが、だ。息つく暇もないシーソーゲームで、観る者を飽きさせない試合展開になってしまったのだ。駒大苫小牧が点を取れば、済美も追いつき逆転する。もうダメだと思ったら駒大苫小牧が追いつき、勝ち越されても追いつき、ついには逆転し、振り切り、優勝の二文字を初めて北海道に持ち帰ったのである。3時間に迫ろうかというこの試合は、改めて野球と言う競技の面白さを私に教えてくれたのである。ちなみに私は駒大苫小牧のほうを応援していました。ええ、だって済美の監督はいつでも気持ち悪いくらいニヤニヤしていて、何かむかついたんスもん。

 この試合を観て、ワイシャツを焦がさない程度に自分の高校時代について回想していた。良く考えると、自分でも考えられないくらいの無茶をやっていたもんだ。未だ体力もあり「自分で何でも出来るんだ!ねーのは金だけだ!」と自分の得意分野についてはあらゆる手段を惜しみなく使い、様々な不可能を可能にしていたような気がする。勿論、当時の自分にとってそうであっただけなので、今冷静に判断するとそうでもないと思ってしまう自分がここに居る。その余計な思考が、私を世間の人間と何ら変わりのない丸まった大人へと変化させてしまった。よく考えたら、今の私は幾らでも言い訳をする。むしろ言い訳を言わない日なんて無い位だ。全ての物事を自分の都合の良いようにしていきたいという願望があるのかないのか解らないが、たいしていいとこなんてないのに自分を常に良く見せようとしている自分がここに居るのだ。
 10年前の自分はそうではなかったのだ。好きなことは好き、嫌いなことは嫌い、よくキレたもんだし、全ての感情が剥き出しになっていた時期もあった。自分は自分なんだ、もしひとつでも仮面を被ったら、自分が自分でなくなるのだ、と。ところが今は何だ。各所によって自分を使い分けているではないか。勿論、私自身の生活環境が大きく変わったこともあり、そこを境に色んな余計な思考を持つようになったというのもある。家族の顔、親友の顔、恋人の顔、中学時代の顔、高校時代の顔、あるサークルの顔、別のサークルの顔、大学の頃の顔、会社人間としての顔・・・・・・よくもまあこれだけめかしこんでるなあと感心するほど顔をもっている。しかしこれでは、誰にも本当の自分というものを見せていないのだ。というか、全てを見せてしまうと自分が自分でなくなるような感覚に陥りそうで怖かったというのもある。しかし、よく人間には無限の可能性があるというけれど、こうしてしまったら有限の範囲に収まってしまうなぁと考えるに至ったわけで、ある意味、このままでは良くないと思うようになってきた。

 荒削りだった高校時代。何にもなかったけど、私は何かを伝えようとしていた。無限の可能性を追い求め、常に前を向いて走っていた。そんな高校時代を思い返して、もう一度原点に戻ろうと、少しずつ、どの角度から見られても私であることを証明できるように立ち回ろうと、そして、私という人間がこの世界に存在していたということを一人でも多くの人間に知ってもらうべく努力をしていこうと、めくりめく思考を働かせながら決意表明をなんとなくしてみようかなと思い立った深夜1時の今日の小言。あら地震。昨日に引き続き今日も揺れてますね。大丈夫かな?

ソシテ 点軸ガ 再度 動キ出ス カモ シレナイ
http://tenjiku.nobody.jp/

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by hidemite | 2004-08-26 00:57 | 日々思考
【仕事中】 暑くない夏
 今日の朝は久しぶりに暑さ最高潮でこれでもかという位の寝汗をかき、上半身と下半身の位置が逆転していたらまさに世界地図といわんばかりの敷布団の湿り気が、朝起きた私の気持ちをさらにげんなりさせます。念の為言っておきますがトイレに行って小便をする夢をみたとしても私は寝小便はしません。

 私は朝起きてから最寄駅に辿り着くまでの間と、会社の最寄駅から正面玄関に辿り着くまでの間は確実に屋外の空気に触れているのだが、それ以外の時間帯は常に造られた空間での生活を強いられている。もちろん立場が変われば仕事をしている時間帯でも外気を吸う事は可能になるのであろうが、現在の立場ではなかなかそうはいかず、機会があるとしたら昼食時くらいだ。つまりはおよそ半日外の天気とはまったく関係ない生活を送り続けており、雨が降ろうが風が吹こうが嵐であろうが灼熱であろうが私自身の仕事っぷりにはまったく影響がない。だから、「今日暑かったねー」等の話題に関しては無関心でないことを装いつつ「そうだね」と無意味な相槌を打ち続けているのだ。

 学生の頃は冷房というものに無縁であった。そもそも公立の学校であるから学校の教室に冷房なんてものはなく、唯一職員室にのみ設置されていた記憶があり、通常の教室にはストーブ等の暖をとるための施設しかなかったものだ。一般庶民の唯一の味方はプラスチック製の下敷きとは名ばかりの団扇(所謂団扇下敷き)で、これは誰しもが、校庭の砂が入るからという理由でほぼ窓が締め切られた風ひとつない教室で使用した経験があるだろう。あのぺこぺこという音は授業をしている教師にとっては不愉快極まりないものであり、授業中の団扇下敷きとしての活用は禁止されているところも少なくない。そうなると蒸し暑い教室での授業はかなりの苦痛を伴うものであり、特に午後ともなると昼食との相乗効果で教科書を盾にした睡眠者が続出する。こうなるともう手がつけられない。授業の終わりのチャイム音ではっと目が覚めた暁には、ノートについた若干の水模様と自分の手から放たれた象形文字のオンパレードが所広く描かれており、テストではその部分がちょうど出題されるというオマケがついた感じのまさに後悔人生まっしぐらな状態へと突入してしまう。まあ、テストなんてできなくとも人生は楽しくやっていけるもんですよ、ええ。

 8月4日に途中まで書いて、中途半端な状態でネタ切れになり、もう既に2週間が経とうとしているわけで、とりあえずここに公開してみるが、うーん、いまいちしまらないなぁ。

 まあ、なんだかんだいって、もう八月も半ばになり、残暑もたいして厳しくないので、今夏冷房は一度もつけずにすみそうな今日この頃。大家さんはエアコン壊れたら買ってくれるって言ってくれたんだけどなぁ。
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by hidemite | 2004-08-04 19:48 | 日常
【屋上】 丸い月を見ている
 約一月前に両腕の肘から手首までがおよそ正常な人間の腕とは思えない位のぶつぶつが出来、ようやく収まりかけていた頃に左手の薬指を突き指し、湿布を貼り続けるもいっこうに治る気配が無く、先週の金曜日に医者に見てもらったら2週間ぐらいはバスケやんないほうがいいよと言われつつも昨日もテーピングをぐるぐると巻いてバスケをし、やっぱり痛みが未だひかなくてちと後悔しちゃったりしなかったりで、それでも扇風機の掃除だけはしてみたりするなんともはりのない一日を送り続けて、「ああ、結局今日も部屋の掃除が出来なかったなー」と洗濯物を取り込みながら考えたりしている今日この頃。

 今日はいつも通り昼に起床し、椅子作りに励むべく鋭意作業をしていた。私は自他共に認める無類の日曜大工好きであり、暇さえあれば何かを作ろうと常日頃考えている。といっても休日は暇だらけなので睡眠・洗濯・アイロンがけ・買い物位しかバリエーションがなく、黙っていても台所前の作業スペースにおいて鋸で木を切っており、隣近所からは最近のリフォーム番組に感化されて劇的なビフォーアフターが起きているのではといつクレームが入ってもおかしくない状態だ。日曜大工好きと言うわりには性格が大雑把な私は、塗装というものを全くしない。だから殆どは木を買って、切って、穴を空けて、木ねじで接合すると言うごくごく単純な工程のみで完成させてしまうのだ。勿論自分で使うのだから見た目に拘る事は全くなく、機能性さえあれば十分なのである。逆に言うと機能性を求めるが故の日曜大工なのだ。部屋の空間をなるべく上手に活用する為には既成品ではなかなか満足のいく仕上がりにはならず、数センチの出っ張りが邪魔をし、快適な一人身生活に痛恨の一撃を与えてしまう。こうして部屋の中には剥き出しの木材が整然と並んでおり、飾り気のない生活の一端を担っているのだ。

 木材完成品(あえて家具とは言わない。そう言ってしまったら本当に家具を作っている人達に対して失礼かもしれないので。)の製作が全て順風満帆かと言ったら、実は案外そうでもなく、常に誤差やケアレスミスとの戦いが潜んでいる。例えば強度の計算式が未だに解らない故経験から推測しギリギリのラインを狙うも結局天板がたわんでしまいガッカリしたり、意気込んで作るも途中で穴あけの多さに絶望しついつい計算を間違え違うところに穴を空けてしまったり、寸法通りにけがくも穴あけの時にちょっぴりずれてしまい板が微妙に斜めに傾いてしまったり、意外に木ねじが太く板が割れてしまったり等等・・・なかなか簡単にはいかないものだ。勿論これらの幾つかの問題は高価な工具を購入することでかなり改善されることになるのだが、日曜大工を職業としているわけではないので、流石に購入までは至らない。だから最終的には気合と根性で乗り切るしかなく、大抵手でグイッと押さえて板がミシミシと叫んでいようとお構いなしにずれないように無理矢理とめてしまうという荒業を使う場合も少なくない。というかそんなんばっかりだ。だからいつかバキッと音を立てて崩壊していくのではないだろうかと考えることもあるが、大抵は使ってしまうとそんなことも忘れてしまう。ちなみに一番最初に作った漫画収納棚は製作から既に10年が経とうとしているが未だに実家で現役生活を送っている。

 とにかく私は作る事が大好きで、この他にもパソコンの自作や電子工作もやったりする。何故そんな人間になったかというと、始めた当時は既成品を買うほうが数倍高かったから。一番のきっかけとなったのは高校時代に「テレビを観たいが、親は決まって野球のチャンネルにロックし、10時を過ぎれば部屋に戻らねばならない」という葛藤と闘い続けてしまったことだろう。少し話をそれるがある会社の先輩に「ライファー」と呼ばれた事がある。これは知る人ぞ知る月刊誌「ラジオライフ」から来ており、この雑誌とライバル関係にあるのが「アクションバンド電波」と言う雑誌で、高校生の頃はこの2誌を発売日に本屋で立ち読みし、内容が気に入ったら購入するというおよそ通常の普通科に通う高校生とは異なる生活を送り、一歩間違えば盗聴盗撮等で犯罪を犯しかねない人間と誤解される恐れもあったかもしれないほどの興味を持ち合わせていた。話を元に戻すと、その雑誌に当時秋葉原で売っていたパチンコ台からはがされた液晶テレビを使いテレビを見ようという記事が載っていたので、その記事を参考に5インチの液晶テレビを製作した。当時そのサイズの液晶テレビは車載用としてしか販売しておらず、軽く5万円を上回っていたと思うが、これは画質が多少落ちるも1万5千円で製作できたのである。この衝撃は留まる事を知らず、ついにはスーパーファミコンの中にテレビを内蔵させて乾電池で動くようにしたものまで作ったこともあった。今ではこれらのものを作ろうとすると逆に既製品のほうが性能も良く安いと言う事態になっているからオドロキだ。それでも、自分が製作してそれが動いた時の喜びは、なにごとにも代え難い。だから、作ることは楽しいのだ。

 今日、家に帰る時にたまたま空を見ていたら、階段が屋上に続いている気がしたので、取り敢えずスーパーで買った卵を冷蔵庫に入れ、外に出て階段を上がると屋上へと辿り着くことができた。この建物は3階建てなのでちょうど高さとしては4階と同等になるのだろうか。周りにはあまり高い建物はなく、遠くのビルの明かりが良く見える。上を向くと、都会の空だというのに多くの星が瞬く姿が確認できた。目の前には丸い月がある。濃紺の空に白い綿飴のような雲が風に流されている。暫くその場に佇み、何もかもを忘れてしまいそうになるくらいの気持ちよさに酔いしれていたのだが、はたからみたら屋上で手擦りに寄りかかっているホタル族間近の人間と勘違いされてもおかしくないなあと、階段を降りる時は誰にもすれ違わないようにと急に恥ずかしくなり、蚊にも食われた8月の初日はこうして幕を閉じていく。
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by hidemite | 2004-08-02 02:35 | 日常