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【交通考察】 駆け込み乗車な瞬間
狭い日本、そんなに急いで何処へ行く。とはよく言ったものだが、都心の公共交通機関がこれほど発達しているのも日本以外そう多くはないだろう。特に東京の電車網は充分なほど発達しており、数分歩けば必ず駅が存在する。数分待てば必ず電車が来る。私達東京を中心として生きている人間達は、そんな環境が当たり前で、在来線でさえ「風情を感じる」と間抜けな言葉を吐いてしまう事もそう少なくないだろう。仕事場所があまりにも東京に一極集中しており、それでいて都心は住むのにお金が掛かるので、殆どの人間は東京から放射状に伸びている線路沿い、いわゆる「郊外」と呼ばれる場所に家を構え通勤している。前置きは長くなったが、今回はそんな電車にまつわるエピソードを。

彼は走っていた。今日で入社2年目になる―そんな彼も、すっかり朝の睡眠グセがついてしまい、2度寝するのはお手の物、家を出る7分前にしか起きない。電車に乗るまでは家から駅まで歩く時間を含めると約12分。部屋の出口にある1分ほど早い電話のデジタル表示の時計で、電車の発車時刻の4分前になると早歩きをしなければならない。3分前ならば猛ダッシュだ。昔は余裕を持って味噌汁を飲んだり、コーンフレークを食ったりしていたのだが、最近はめっきりそれも減り、1秒でも多くの睡眠を確保するために無駄なものは一切省いている。夜早く寝ればこんなこともないだろうが、そうもなかなかうまくいかないものだ。そうこう考えているうちに駅へ着き、一安心していると皆がホームへと繋がる階段へ向かって走っている。予定の時刻より早く着いているはずだが、どうも様子がおかしいので彼も階段へ向かって走り出した。階段を中段まで上ると、なんと降りてくる人間がいるではないか。ということは既にホームへ電車が停車しており、扉が開いているということなのだ。私の7段ほど先を行く女性も必死に走っており、私もそれに追いつくべく走る。走る。走る。ようやく私から電車が見えたとたん、扉は閉まりだした。そこへ女性が駆け込みいったんドアが緩む、その隙を狙い間髪いれずに彼も顔と手を捩じ込んだ。既に鞄が車中に入っていた幸運もあり、扉をこじ開け、何とか彼は遅刻から守られたのである。後に彼は会社の先輩にこう言われる「お前、顔に線が入っているよ」と。そう、彼の顔の両側には扉のゴムの線がくっきりと2つ、直線状に入っていたのだ。彼はそれに気付かず、約30分間過ごしていたことになる。

駆け込み乗車は危険ですからおやめください、と駅構内の張り紙、駅員の声や車掌の声、至るところでアナウンスされているが、それを守る人間はごく僅かだ。酷い所になると、ドアが閉まる瞬間に傘を入れ、そこからこじ開けて乗る人間もいるという。その電車に乗れなくとも、次の電車は数分後に来るし、それをするくらいなら始めから余裕を持っていけばいい。我侭な人間の行動の為に電車の発車が遅れ、他の人間が迷惑するのは明白なのだ。客観的に考えることはできるのだが、あくまでもそれは考えで、まさにその状態が自分に降りかかると、さきのような行動をとってしまうものだったりする。つくづく余裕の持てない自分が腹立たしい。

彼は又走っていた。帰りの電車の時刻表はあまり目にしないのでいつ電車が来るかは把握しきれていない。しかも帰りは乗り継ぎが悪いため、1本後の電車でも家に辿り着く時間が同じ事など往々にしてあり、酷く矛盾を感じるのである。それでも電車が今まさに扉を閉めようとしていても、彼は最後の望みを賭けて階段を駆け下りるのである。こういった時は大抵途中でリズムがずれてしまい、その瞬間に駆け下りることが出来なくなるのだが、その日の彼のリズムは完璧であった。にもかかわらず無常にも扉は閉まりかけている。そこに手を伸ばす。指が引っかかった。この瞬間、彼は勝利を確信し、再び扉が開くのを待っていた。しかし扉が開く気配はない。こともあろうか、その確信した瞬間に一瞬気を緩めてしまい、いつもならやっていた、もう一つの手を扉に入れることをしなかったのだ。もう彼に選択の余地はなかったのである。彼は発車ベルの鳴り終わったホームで数十秒も掛けて扉から指を引き抜き、黄色い線の内側へ下がることを余儀なくされた。無常にも、緑色の帯をまとった銀色の電車は、彼を嘲笑うかのように甲高いモーター音を鳴らしながら去っていった。幸いその残ったホームに人影はなかった為恥じることはなかったのだが、結果指には痛みが残り、次に乗った電車は乗り継ぎの悪い電車というパターンで、その電車に乗れなかったことを彼は後悔したのだ。何故あそこで気を緩めたのか、と。

駆け込み乗車は危険であることはいうまでもなく、やるからにはそれ相応のリスクがあることを覚悟しなければならない。しかし、駆け込まないで乗れるのならばそのほうが断然良い。1分1秒を争うのではなく、そうならない合理的な方法を考えていくことが、きっと今の彼や日本人には必要なことなのかもしれない。でも、わっかっちゃいるけど、やめられないんだよなぁ、ホント。
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by hidemite | 2004-07-21 01:32 | 詩・小説
【送別会】 ある土曜の夜
とある場所で、送別会は行われた。といっても悲しい別れではなく、むしろ結婚というとてもハッピーな出来事での送別会だったのだ。そのハッピーな一人を送ろうと思ったら、自己申告で更に2名もハッピーな人間がいたのである。単なる偶然かどうかは解らないが、まあ、その2名はキャラ的にどうでもいい人間だったのでそれなりにあしらって、本来の一名の為の送別会を楽しく行ったのである。
約1年以上も会っていなかった人間もおり、さぞ変わったことだろうと思ったが、結果としては「なにもかわっちゃあいない」。結局はいい大人になってしまうとよほどのことがない限り変われないものなんだろうなあと思うわけだ。

このサークルのオーナーもそれに漏れることなく、私が出会った時とそう強く印象が変わったことはない。強いていえば、歳のせいか昔ほどの勢いがなくなってきたということだろうか。若しくはそれだけ大人になったのかもしれない。私が冷静にこんなことを書くこと自体が可笑しいのかもしれないけれど。
逆は真なりか?というとそうではなく、偽であると自分でも自覚している。3年前は若かった。というか幼かったというべきであろうか。もちろん最近5年間を見ると私の内外で様々な出来事が起こったのは事実で、それによって今の私が形成されたということも事実だ。しかし、その中にはもちろんのこと、彼の影響もあったのである。それは後日述べるかも知れないが、今回は触れないでおこう。

唯一私があの面子と会って、変わったといわれるようなことがあったとしたら、それは「勢い」かもしれない。昔の私なら最後まで(つまりは朝まで)付き合っていたに違いない。でも今回は違った。終電1本前で電車に揺られながら帰っている。昔の私なら無謀にも飲めない酒におぼれていたに違いない。でも今回は違って水分だけたまっていくカシスソーダばかりに手を出している。昔の私なら「未だ食うのかよ!」と言われるくらい飲み屋で御飯物を食べていたに違いない。でも今回は違って飲み会の事前に吉野家に行ったりする事はなかった。
全てが保守的である。1年前の私ですら指摘できるであろう。その原因は何にあるかは解らないが、やはり社会人になったことが一番大きいのかなぁと思うわけだったりするのです。でも相変わらず年上にもタメ口だけど。ホント、すんません。
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by hidemite | 2004-07-21 01:31 | 日常
【社会事情】 それでも頑張ってやっている人間達がいる
まだまだ社会人になって1年しか経っておらず、まだまだ学生気分の抜けない私。そんな私でも無事2年目を迎えることが出来た。私の場合は1年毎の更新の契約社員を3年間やってようやく正社員にありつけるという、これから晴れの社会人になりたいと思っている人に対し出鼻をくじくような雇用体系なのである。年俸制みたいな感じなので、Jリーグ選手同様、
「来年の契約金額 0円」
と書面に書かれていようものなら、つまりそれは解雇と同じようなものなのだ。てかクビである。まあ、現在までそのような前例もないし、会社入りたての人間なんぞ誰も期待していないから、警察沙汰になったりしない限りは明るい明日を見て生きていられるのだ。先ほど3年間という言葉を使用したが、これは労働基準法だかの限界の期間で、これを超えても会社にいるんだったらそりゃあ正社員と変わらんだろうに、っていう仕組みだ。いやあ、いろんなことがあって理解するのに時間が掛かる。

そんな平穏な毎日に衝撃が訪れたのは先週だ。私の同期が急に異動になり、別の部署へ行く事となった。まあ、会社の意向なのだから仕方ないといえばそうだ。しかし、彼の穴は誰が埋めるのだろうか。彼の代わりに来る者は今のところいない。となるとどうだろう。不思議と彼と同期の私に白羽の矢が立ったのだ。
「え、明日から二人分の仕事をやるのですか?」
確かに私はそんじょそこいらの同年代の人間より、事務処理能力も、見た目でさえも上だから、「なんとなくできるんじゃないか」感を醸し出していたのかもしれない。んでも2人分ですよ。それだけやっても2倍の給料が貰えるわけじゃあない。しかも出来ないことに対しては当たり前のように怒られるんだろうなと考えると、「母さん、社会は矛盾でいっぱいです」と思わずつぶやきたくなりそうだ。

ただ、そんなことは今のご時世日常茶飯事で、1年間休むことなく働いている人間もいる。あきらかにオーバーワークなのを知っていて仕事をしている人もいる。その現実も経営者は解っている。でも、人員の増強をすることは出来ないのだ。それがなまじわかってしまっているだけに余計にこの現実が腹立たしい。私のような人間はもはや当たり前なのだ。そう思っても決して気は楽にならないのだが、それでも、カレンダー通りに休めている現状は幸せなのである。

不況の嵐が吹こうと、一所懸命になって働いている人達はいる。その人達がこの日本の社会の土台を支え、やがては更なる繁栄へと続くだろう。その世の中で、俺はいま、何ができるだろうとふと考えながら、今迄作ったことのない野菜炒めに挑戦した今日の夜。

本日の夕飯:野菜炒め(鮭・しめじ・玉葱・人参)、味噌汁(茄子・玉葱・しめじ)、ぶりの煮物、御飯一合

誰か、おいしいぶりの煮方、教えてください。水・料理酒・みりん・醤油・ほんだしを混ぜた中にぶりを投じて煮てみても、あまり味がつかないのは何故でしょうか。
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by hidemite | 2004-07-21 01:31 | 日常
【日記】 今日の出来事
えー、何名かの人間は私の書き込みにオチを期待しているようですが、そんなもんは毎回毎回そうそう簡単に作れるものではありません。いくら中川家が面白い漫才二人組だからといって、常に彼らの全てのネタで腹抱えて笑うことなんてありませんよね。まあ、中川家よりもさらに笑いの確率は低いですから、それぐらいの実力であることを認識して読んでいただけると有り難い。

今日はいつも通り遅刻ギリギリのタイミングで起きました。最近は朝飯を食わないことにも馴れ、昼飯を今か今かと待ちながらも13時まではお預け状態という、新入社員を実感させられ、腹がなりまくってる午前中を過ごす毎日です。小田急線が事故の関係で52分遅れで運行していたらしいのですが、各駅停車の電車に乗ってる私はこれ以上遅くなりようがないわけで、大して変わらなかったりします。これが実家から通っていたらモロにあおりを受けていたことでしょう。実際に私の家と実家の丁度中間らへんに住んでいる人は二十分遅れてましたし。

とまあ、結局何事もなく会社に到着し、パソコンを目の前にして黙々と作業をするのであります。よく、何の仕事してんの?と聞かれますが専らデスクワークで毎日単純作業の繰返しです。そうならないように密かにやっている作業もあるのですが、大して面白くはない。あーあ、俺も早く駆け回る生活がしたいよ、と思う反面、確実に残業が待っている世界に足を踏み入れるのには多少抵抗があったりします。今は月40時間くらいだけど、本格的にやったら3桁行くもんね。土日も休みないだろうし。出きることならばこのまま一生過ごせたらなぁ、とぐうたら社員を夢見ることもあります。

昼飯は大体社員食堂か松屋の牛丼大盛りなんですが、今日は珍しくじゃんがららあめんを食べ、替え玉を2回しました。占めて920円なり。ああ、牛丼2杯食えるなぁ・・・
その後銀行に行って金を下ろそうとしたら、給料が入った翌々日なのに残高が数万しかなくてビックリ。と思ったらよくよく見ると身に覚えのないお金が振り込まれていて桁が違っていただけでした。増えていると思った喜びも束の間、親が便宜的に振り込み口座を指定しただけで自分の金でないことがツライ。間違って使ってしまおうか。あ、給料分はしっかりありました。すぐ家賃は引かれていたが・・・

そう言えば昨日、記者会見とやらで根本はるみという人を3メートル先に見ました。ホントあの人すげーな。胸が。肩は凝らないのか気になりましたよ。ええ、迫力からしてすごかったですから。

そんなこんなで時計の針は9時を過ぎ、適当なところで仕事を切り上げて電車に乗り、閉まる5分前に滑り込みでスーパーに入って、まいたけとオレンジジュースと調理酒と冷凍焼きおにぎりを購入して家路につきました。何を血迷ったか、今夜は天麩羅とフライにしようと思い、茄子と人参と玉葱を天麩羅に、鳥のささみをフライにそれぞれ調理致しました。天麩羅は作るの初めてで、衣のつけ方が良くわからなく、玉葱はほぼ素揚げ、人参は何とかうまく行き、茄子は衣が硬かった。鳥のささみは明日腹壊してなければ大成功でしょうね。こんがり狐色に出来ました。相変わらず2人分のおかずと1合半のご飯を食べ、苦しくて寝れなかったのでストレス発散も兼ねて今ここにこう書き記しているわけでもあったりします。いやあ、それにしても一人暮しを初めてはや半年、何処かの誰かと違って、よく未だに家事をやりつづけていられるなぁと思いますわな。しかしこの前ふと計算したのですが、一日の夕食代は多く見積もっても400円らしく、そう考えると手間こそ掛かるものの、牛丼と同じ値段でこれだけできるのならばこれからも作りつづけようかな、とちょっぴり思うのでした。ちなみに今日調理に掛かった時間は一時間強。不慣れなもので・・・これが半分になったらなぁ・・・

未だに家事をやりつづけている事を親に話したら、お前と結婚する女の人は大変だねぇ、と言われました。そもそも結婚できるかどうかもわかっちゃあいないのに、ねぇ。
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by hidemite | 2004-07-21 01:30 | 日常
【文学的考察】 「オタク」について考える
貴方は「オタク」という言葉を聞いて、何を想像するだろうか。おそらく大半の人間が声を揃えて、一言で言えば宅八郎、文章であらわせばジーパンとネルシャツを着用しリュックサックをまとった大きな体の長いしっとりとした髪の毛に覆われた顔にはメガネが申し訳なさそうに掛かっていてなおかつ梅雨時の電車の中のような匂いが絶えない、おもな生息地は東京都千代田区外神田(秋葉原)、好きなアニメのキャラクターの等身大の抱き枕を2つ(常時使用と保存用)所持している人、と言うのではないだろうか。そこまでは思っていなくとも、「オタク」と聞いてプラスイメージを持つ人間はそう多くはないはずだ。たまに例外があって、外見からはとても「オタク」と思えないファッショナブルでイマドキのような人間も存在する。そんな人間が先ほど出たようなイメージとの人間と弾むように会話しているのだから恐れ入る。

似たような使われ方で「マニア」という言葉がある。辞書でマニアという言葉を引くと、「趣味などで、一つの事に熱中している人。狂(きよう)。 」と書いてある。鉄道写真家、切手収集家などが代表例で、マニアという言葉は幅広いイメージを持っているので使いにくかった。そんななかで登場したのが「おたく」という言葉だ。現代用語の基礎知識からの抜粋を次に記そう。「一九八四(昭和五九)年『漫画ブリッコ』誌上で、マンガやアニメ、SFなどのファンのなかでもつき合いたくない特殊タイプのマニアを表す言葉として、中森明夫が命名。相手に呼びかけるとき「おたくは…」という言い方をするところからきた。当初、他人とコミュニケーションがとれない、細部や情報にこだわるしつこいタイプをさしていたが、九〇年ごろより、マンガ、アニメ、ゲームなどのマニア全般をいうようになった。さらにこだわるタイプ、知識のある人、コレクターなどすべてを〇〇おたくとよぶようになっている。長髪、メガネ、Tシャツの太ったキャラクターが戯画的におたくとして描かれることも多い。九五(平成七)年には東大ゼミに「おたく学」が開設され、自らオタキングを名のる岡田斗司夫がマスコミに登場し、海外でも通用する言葉になってきた。電脳情報社会におけるクリエイティブなニュータイプとしてとらえる場合もあり、こだわり派程度の使われ方もされている。」オタクは平仮名で表記するそうだ・・・・・ちなみに私は中森明夫を中森明菜と一瞬読み違えて感心しかけた。話をもとに戻そう。つまりは「オタク」といわれる人間は、普段日常生活をなんとなく過ごしている人よりも一つの事にものすごいエネルギーをかけているのである。そう考えると、何に打ちこむかは別として、私達よりもはっきりとした目的で一つの事に人生の大半を降り注いでいるのである。私達「ふつうのひと」と言われている人間は何かはっきりとした目的に人生の大半を降り注げるようなことがあるだろうか、あっただろうか。そう考えるとあながち「オタク」と呼ばれる人達も侮れないな、と思うのである。

昔は「マニア」でさえネガティブなイメージを孕んでいたが、何を持ってマニアと呼ぶか、ネガティブなイメージかは時代とともに変わるようだ。私も十年前はパソコンマニアと呼ばれていたが、今ではパソコンのことなら「物知り」のあいつに聞け状態になっている。「オタク」という言葉も時代とともに嫌なイメージが払拭されるかもしれない。ただそれには必要な条件があまりにも多すぎるであろう。もっとも、そう呼ばれる人間の外見がクリーンなイメージを持たせるように変身してくれたら、そう難しくもないのかもしれないが。
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by hidemite | 2004-07-21 01:29 | 日々思考