カテゴリ:山陰旅行記( 22 )
【回想記014】 備後落合
b0000480_15312390.jpg さて、無人管理のの駅の外に出ましたが、いきなり目の前に普通の民家があるだけで、飲食店のかけらも見当たりません。駅前の地図を見ても、既に通り過ぎてきた備後西城駅周辺の拡大図があるだけで、ここの周辺には施設という施設が全くないようです。200メートルほど歩いて国道へ出ましたが、道路の灰色と山に生い茂る緑色の2色の世界が広がっていました。右の写真に写っているのは色褪せた郵便局の配送車だと思います。この車が走っている橋を左に上っていくと駅に辿り着けますが、遠目で見たら民家への入口にしか見えませんよね。
b0000480_16365242.jpg で、その交差点には定食屋らしきお店が1軒だけありましたが、営業している様子は全くなし。朝ご飯は食べましたが、そろそろ小腹が空いてくる頃だったりするので、できれば蕎麦を食べたい。山奥といったら蕎麦は定番ですからね。
 上の写真の奥のほうは民家すら期待できなかったので、手前側を歩いて行くことに決定。暫く歩くも結局なーんにもなく、取り敢えず自然の風を感じるだけとなりました。トンネルをくぐれば少しは何かあるかなと思ったものの、人気が更になくなっただけでなんもなし。さーて帰ろうかと思ったら、ん?左側にも道路が。柵で仕切られたその道路、もうだいぶ使われていないようで道路の隅は雑草で覆われ中心部しか見えません。
b0000480_16534442.jpg 柵を乗り越えると、もう一つのトンネルを発見。入口付近には使えるかどうかわからない耕運機らしきものがあり、奥はどうやらコンクリートで壁がされている様子。まあ、こちら側の入口も手前にガードレールがある関係上、入ることはできないのですが。左の写真は反対側のコンクリートの壁がそびえているほうの写真です。もう使うことのできないUCCの自動販売機が置かれていました。しかしこのトンネル、よく見ると歩道に当たる部分がありませんね。また、これを書くに当たって地図を検索したら、「ああ、昔はこの道が国道であって、然るべきタイミングでバイパスとトンネルが作られたんだろうな」とわかりました。
b0000480_172101.jpg 因みに、新旧トンネルの入口を遠景で撮ったら、左写真のようになりました。結構民家が挟まれているんですね、というか、昔は国道沿いにあったということですね。既に使われなくなったトンネルは「子持原トンネル(1972年開通)」、新しく建設されたトンネルは「小鳥原トンネル(1994年開通)」と、名前は似通っています。

 そうこうしているうちにトロッコ列車の到着時刻が近づいてきました。風景の撮影はそこそこにして、駅へ戻ることにします。
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by hidemite | 2006-09-05 19:11 | 山陰旅行記
【回想記013】 潮~備後落合
b0000480_2341142.jpg さあ、やってきました2日目。昨日は不安な雲行きではあったが、何とか天気も持ちこたえてくれたので、楽しいSL列車の旅となった。今日はトロッコ電車に乗ることになっており、イベント列車に乗るのは(旅が始まって1日しか経っていないが)今日が最後。なので、今日も何とか良い天気になることを願っている。朝食を食べながら見ていたNHKの天気予報では台風が近づいているという話も耳にしているが、それはどうやらあと1・2日後の話にもなりそうだ。b0000480_23541368.jpg旅の途中でこそ台風と遭遇しそうだが、昼は何とか持つのではないかと淡い期待を抱きながら宿を後にした。
 それにしても、静かだ。東京などの都心では決して味わうことのできないきれいな空気と静寂。ちょっと寂しい感じもして、都会の生活に慣れてしまっている私では生活できないだろうが、自然あふれるこの環境は、仕事に追われて毎日を過ごしている私にとっては、非常にいい気分転換である。
b0000480_0102591.jpg ちなみに右上は潮駅の写真。まあ、神奈川県にも相模線という比較的ローカルな電車があり、そこにも無人駅があるのだが、それとは比べ物にならないくらい悲しい感じである。アスファルトの塊で作られたさほど幅のないホームに、およそ1坪ほどの屋根付き・椅子ありの空間が用意されている部分(丁度写真の部分)が駅舎というものになるのだろうか。まあ、1日に数本しか走らない区間なのだから、それで十分事が足りるのだろうな。
b0000480_0123959.jpg そして左上は、そんな線路なんだからぜひ降りてみようということで、というのも、宿を出るタイミングを間違えてしまい、電車が来るまで20分くらい余裕があったので、暇つぶしにもいいかな、と。線路に降りるのは、これで3回目。まあ、さして新鮮味もなかったので、ちょっと歩いたらすぐ飽きた。しかし、非常に雲行きが怪しい。これからの天気がどうなるか、かなり心配。
 暫くしたら列車がやってきて、それに乗って、ようやく今日が始まる。しかし、山奥というこの世界は、どこまで行っても川と緑しか見えません。何か、仙人とかが住んでそうだよね。
b0000480_0294330.jpg 暫くすると、この三江線の終着駅、三次と書いてみよしと読む駅に到着。しかし、大きい駅に到着したと思ったら、同じホームに行き先の違う列車が止まっていてビックリ。目の前には備後落合行きの列車ですが、奥の黄色い列車は、広島行きでございまして、全くの逆方向。まあ、単線で同じホームを交互に利用することがあるのは想像つきましたが、こんなアクロバティックな方法もあるなんて、想像もつかなかったなあ。
b0000480_037458.jpg そして極めつけは、この電光掲示板。確かにワンマン運転ではこれと整理券がないと成り立たないのは明白。とはいえ、まるでバスに乗っているとしかおもえないこの空間は、普段満員電車に乗って通勤している私にとってはかなりの異空間。こんな列車の中で写真とるなんて、「この都会者が」と周りの人に思われていたかもしれない。これは、うちらが「ああ、いなかもんだなー」と思うのと同じ感覚ですか。いや、きっとここらのひとは、そんなこと思わないのかもね。

 そうこうしているうちに、トロッコ電車の始発駅、備後落合駅に到着。トロッコ電車の始発駅なんだから、さぞ盛り上がっていることだろうと思って、ここで昼飯を食べようとしていたのですが、ホームがたくさんあるだけで、無人駅・・・

 え?ここからは民家しか見えないんですけど…
 てか、すげー静かなんですけど…

 一応、写真右側にトロッコののぼりがたくさんあるので、
 ここにトロッコ列車がやってくることは間違いないのだろうが…

 まあ、トロッコ列車が来るまで1時間以上もあるので、それまで駅の外を探検することにしたのでした。つづく。
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by hidemite | 2005-09-09 00:52 | 山陰旅行記
【回想記012】 江津~潮 (1日目終了)
b0000480_12204927.jpg 長い長い1日目も、あとはこの三江線に乗って潮駅に向かうだけで終了となる。雲行きは依然危うく、いつ雨が降ってもおかしくないくらい、というか、既に小雨程度の雨が降ったり止んだりしているから、本降りになるのももう間近か。まあ、駅から宿まではそれほど遠くないはずなので、折り畳み傘でなんとかなるのだろうけど。
 予め乗り継ぎの列車の時間は調査済みであったので、本数が少ないことは判っていたのだが、時刻表を見て改めてビックリ。1時間に1本もないと、こんな感じになってしまうのか。しかも終点に行けるのはこのうち15時台と16時台の2本のみ。平日と土日の区別すらない。
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 しばらくすると、すっかりお馴染みになった1両の列車がやってきた。エンジンで動き、運転席横には運賃表と運賃箱がある。まるでバスである。そんな列車が川沿いにゆっくりと走っていく。窓から見える景色は、どんよりした曇り空と、山と、川。これがずっとずっと続いているのである。途中駅はもちろん無人。

b0000480_14245889.jpg ちなみにこの上の写真の駅名は「いわみかわごえ」と読むそうで、石見=いわみということか、途中このような駅名が多くあったので、備前とか豊後とかと同じようなものなのだろう。


 そして長い間、右のような景色が延々と続いていく。


b0000480_14254962.jpg そういえば、SL列車に乗ってからというものの、髪の毛の感覚がおかしくなっていることに気づいた。特に整髪料はつけていなかったので、いろいろ髪の毛をまさぐったのだが、何か硬い石粒のようなものがいくつか手に当たる。その一つを手にとって見たら、なんと、蒸気機関車から出てきた石炭の破片と思われる黒い粒があるではないか。

b0000480_14391930.jpg そう、実は私の身体は石炭の粒まみれになっていたのである。その証拠が右の写真。調子に乗ってトンネルの中でもずーっと外にいたため、トンネルの中で作成された蒸気をもろに受け止めてしまっていたのだ。宿に入って鏡を見たら、顔も文句なしに真っ黒。どこの工事現場で働いてきたんですか?という感じだ。そりゃー宿のおじさんに「さき風呂入りなよ」と、ご飯にするか風呂にするかの選択権を私に与えないわけだ。ちなみにこのTシャツ、一度洗ってみたものの予想をはるかに超える汚れ具合らしく、部屋の隅っこに飾られている。
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 こうして波乱万丈な一日は潮駅で終了。明日もトロッコに乗るための長い一日が待っている・・・
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by hidemite | 2005-07-01 12:21 | 山陰旅行記
【回想記011】 津和野~益田~江津
 色々と見学をしていたら、いつの間にか目的の列車の発車時間が迫ってしまい、慌てて駅のほうへ戻る。よく考えれば朝食もロクに食べていない状態でSLに乗り、降りてからも街散策にくりだしてしまったため、どんどんとおなかがすいてきてしまっているような気がする。というかもう既に時刻は1時を過ぎているため、昼食をとらないと腹ペコで死んじゃう感じだったりもするんですが、次の列車の時刻を考えると、到底優雅に津和野名物を食っている余裕などありません。というわけで、列車の中でもつまめるようなものを探していると、「津和野名物 源氏巻」なるのぼりを発見。大判焼きの生地のようなもので餡をつつむといういたって単純なものだったりしますが、とりあえず名物ということで購入。味はどうかというと…まあ、いたって普通です。つくりたてなので温かいというのが最大のラッキーポイントというくらいでしょうか。
 駅に到着すると、車両全身にカラフルな絵が描かれた列車が停まっておりました。「萩・津和野号」という、その名の通り萩と津和野を結ぶ快速列車です。私は、この電車に乗らないと大幅に予定が崩れてしまう為、指定券を購入したのですが、指定席に座っているのは私を含め、たったの2人しかいませんでした。ほかの自由席も、十分寝そべることができるくらいに空席が目立っており、結局のところ指定券を買わなくても良かったんだなーと思う、悲しい感じになってしまいました。ま、静かでゆったりできたので良しとしますかね。といいつつも、非電化区間になってしまっている為、列車は電気ではなく燃料で動いていることもあり、ディーゼルカー顔負けの轟音でエンジンがフル回転するため、たいして静かではなかったり。
 暫くすると山陰本線益田駅に到着。ここから北上するのですが、この列車は萩方面に向かってしまう為、乗換えをすることに。ここで、ついに1両ワンマン列車に乗り込むことになります。もう、特急以外では4両以上の列車を見ることはできないような、田舎感満載の旅が本格的に始まろうとしています。ゴトゴトゆられること1時間、江津(ごうつと読む)に到着。ここから、本日の宿に向かう為にはまた三次(みよしと読む)と江津を結ぶ三江線に乗り換えることになります。

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by hidemite | 2005-04-15 19:26 | 山陰旅行記
【回想記010】 津和野 その2
b0000480_1043612.jpg ガイドブックによるともう少し先まで歩くと鴎外記念館やら民芸館やらがあるらしく、時計の針を気にしながら活気あふれる(といっても人はそれほどいない静かな)街をちょいと離れ、人気の全くない道路をただただ歩き続けます。さして太陽も見えていない雲いっぱいの空のなか、右手に多くの鳥居と、左手に大鳥居を見ながら、一日に数本しか走らない鉄橋の下を潜り抜け数分経つと、森鷗外記念館なるものが右手に登場。
b0000480_10301555.jpg 森鷗外さんといえば色々な文学作品を世に出していて、「舞姫」とかが有名だったかと思います。思います、というのも私、コンピュータばっかり触っていれば平穏無事この上ない人生、小学校から大学まで通して国語の成績はさっぱりなもんですから、文学作品なんてものには手を出すわけがなく、結局日本の文化には触れない毎日で今に至っており、実は森鴎外さんのことについても全く知らないのです。唯一覚えているのは髭が生えている写真くらい。てか、この頃の偉い人はみんな髭、生えてるか。結局私はなんも知らないんですよね。
b0000480_10481857.jpg 独立した専門的な記念館としては世界で初めてのものらしいのですが、バッチリ入館料をとられてしまうらしく時間もない事もあってさすがに入館することはあきらめました。上の写真は森鷗外さんが昔住んでいた家らしいのですが、これを見るのにも実は100円必要だったりします。まあ、メンテナンス料と考えれば決して高くないので、こちらはしっかりお金を払って見ることに。因みに右の写真は森鷗外さんの勉強部屋だとか。意外に綺麗に保たれていてビックリ。真ん中の格子状のヤツいったい何なんでしょうね。その解説はどこにも書いてありませんでしたが、他の部屋にもあったので、簡単な机みたいなもんなんですかね。まさか囲炉裏とは考え辛いし。
 このあと民芸館に行きましたが、ここ津和野は和紙の名産地らしく紙漉きを見学することが出来ました。見学がてらビデオ撮影にいそしんでしまった為、写真を撮るのを忘れてしまったので雰囲気だけ記します。水槽の中に紙のもとが入っていて、それをひらべったいざるのようなもの(簾桁:すけた、というらしい)ですくって何度か揺らし、ある程度透き通った色になったら脱水台の上に重ねていきます。ある程度枚数が揃ったら上から重石を載せて水気を抜き、その後、地面とほぼ垂直に立っている全面スチームアイロンのような乾燥台に載せて刷毛で整えて綺麗な一枚の紙の完成です。いやー、神業です。見てると簡単そうに見えますが、おそらく大変な熟練を必要とするのでしょうね。今度機会があったら体験したいと思います。その後、お土産ショップに入り、和紙の手紙セットを購入。母親にプレゼントしようかな。

 そろそろ電車の時間が気になってきたので、駅へ戻ることに。行きはとにかく目的地を目指していたのですが、帰りは街並みを見る余裕があったので、ゆっくりと歩いておりました。そしたら下の写真のようにとても古めかしい看板があったので記念に撮影。なんか聞いたことのある「リッカーミシン」、そしていつの時代の自転車なんだかわからない「ブリヂストン自転車」。また、昔ながらの雰囲気が感じられる家の数々、住んでいる方には失礼かもしれませんが、昭和の雰囲気がまだまだ残る場所でした。
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by hidemite | 2005-04-07 11:55 | 山陰旅行記
【回想記009】 津和野 その1
b0000480_12302815.jpg 曇り続けている天気の中、SLは無事津和野の駅に到着。次の北行き列車までは2時間弱程度の待ち時間があったので、その場でじっとしていても仕方がないから津和野の街を探索することにしました。どうやら「山陰の小京都 津和野」と呼ばれているらしく、駅前は最近整備されたのだろうか、非常に綺麗であります。というか、人が殆どいない・・・。見た感じ観光客はこっちに流れるんだろうなーと思われる道が右側に見えてはいたが、皆がそちらに向かっていく姿を見ると、どうしても違う道を歩もうと思ってしまうのは私のひねくれた性格だからだろうかと、とりあえず直進することにし、手持ちの観光案内本を見ながら、民芸館を目指すことにします。b0000480_12381179.jpg暫く歩いていくと、見慣れた郵便局の看板に見慣れない局舎が。今までへんてこな郵便局舎を見たのは京都くらいだったので、街に溶け込んだ形の郵便局舎って、色々な所にあるもんだと感心してしまいました。途中、葛飾北斎記念館なるものも通過。
 その後、おそらく津和野のメインストリートと思われる場所「殿町通」へ。うーん、城下町っぽいなあ。この通りには記念館とか資料館とか色々ありましたが、時間的に回る余裕はなさそうだったので今回はパス。しかし、やはり9月の平日とだけあって、おそろしい程静かな町並みです。SLに乗ってきた人たちの殆どがそのSLで日帰りなんでしょう。きっと昼食をとっているんだろうなと思います。
b0000480_1246886.jpg この通りにはもうひとつの名物があって、旅行後に津和野に行ったと親に言ったら、鯉が沢山いたでしょうと聞き返してくるほど有名らしく、その通り鯉がウジャウジャと歩道の隅の小川に生息していました。ああ、あとこんな和な感じ全開の町並みに、教会とかもあってちょっとびっくりな感じだったりもしました。なかなかミスマッチな取り合わせもあると思いきや、昔ながらの木造建築も多々あったりして、その点で言えばなかなか古さを楽しめる町並みではあったりするかなーと。まあ、下手な観光客もいないので、落ち着いた雰囲気を味わうには京都以上かもしれません。
b0000480_1313148.jpg しかし、駅から10分ほど歩いてきましたが、さすが観光地ということもあって、町並みやお店は途切れる事無く続いております。そんななか、幾つか左の写真のようなお店が点在しておりました。そうです、地酒のお店です。地酒が有名なのかどうかは不明ですが、とにかく古くからやっているお店がずらりとありました(写真の店は享保2年からということで、江戸時代でしたっけ?)。しかし、私のみすぼらしさ満点の格好で店に入るにはどうも抵抗感があり、時間がない事もあって、さすがに店の中に立ち入ることは出来ませんでした。まま、誰もいないお店に入るのって、結構勇気が要るもんです。さらに、入ったからには何か買わないと申し訳ない感じがしたりするような店の雰囲気なんですよね。だって、外から見る店の中、暗いんスもん。
b0000480_13211921.jpg 津和野散策も中盤に差し掛かりましたが、街の雰囲気はこんなところまで変えてしまうのか。右の写真は警察署でございますが、これを警察署と認識できる人はどれだけいるだろうかというくらい警察署っぽくない感じです。ま、いろんなアクセサリーがあるんで警察だと思いますけどね。ちなみ右側の壁には「島根県津和野警察署」と一文字ずつ板にしるされているような雰囲気でした。
 こんな感じで、テキトーに散策しながら、民芸館へと向かっていきます。いったい何があるんだろうか・・・
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by hidemite | 2005-03-16 13:33 | 山陰旅行記
【回想記008】 地福~津和野
b0000480_11395283.jpg 地福駅では、数分停車することになった。私はこういう世界に疎いのでよくわからないのだが、機関車は時々休めないと運行に支障をきたすのかなと思う。機関士のかたが車輪周りを点検していた。






b0000480_11584959.jpg 「○分停車いたします」と車内アナウンスが流れると、乗客の殆どがホームに降り、広大な緑の中にぽつんと存在する駅に留まる汽車を眺めていた。やはり機関車はどこの人でも特別な存在なのだろう、家族連れから、その手の人まで、正面からの写真を収めるのに躍起になっており、なかなか正面からの写真は撮れない。私はホームから降りて、線路脇から写真を撮る事に決めた。そんな写真達がこれだ。
b0000480_1265481.jpg 因みに上の写真はその揉みあいの中撮った写真で、頑張ってなるべく人がかぶらないようにしたのだが、結局若干ではあるがかぶってしまった。やっぱり人気の列車を駅で撮るのは難しいものだ。右の写真は「そろそろ発車しますよー」と言われ、徐々に乗客が客車に戻って行った時、今しかないと思いパチリと撮影。こちらは何とか撮れたという感じ。一時期、携帯の壁紙にも使用しており、それなりに気に入っている。
 そして地福の駅を出発し、山あり谷ありの旅路を経て、津和野に到着。SLの旅はこれにて終了。いやー、初めてSLに乗りましたが、意外と楽しく乗れたものだった。昼過ぎに着いたこの汽車は、二時間もすると新山口へと帰っていくことになる。
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 どうやらその折り返し列車に乗る人が大半のようで、私のようにその先を目指す人は少ない模様。皆がちょっとした休憩を兼ねて、昼御飯を食べに街へ繰り出していった。
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 新山口の駅では時間が無くて取れなかった側面行き先表示も忘れずに撮影。そして駅を出て、暫く駅の周りでたむろっていると、急に「ポーッ」と汽笛の音が。見ると汽車が急に走り出していくではないか。慌てて駅の先のほうへと走り、その姿を収めようと目論む。
b0000480_12383437.jpg そういえばこの汽車はどうやって折り返すのかなーと疑問に思っていたのだが、どうやら津和野駅には汽車の回転台があるようで、ぐるっと半周させて新山口方面に頭が来るようにするようだ。その時はそこまで頭が回らなかったため、取り敢えず低速でありながらも動いている汽車を撮影することが出来たのは思いがけない出来事だったりもした。ちょっとシャッター押すのが早過ぎたようで、構図としては十分納得できる内容ではなかったのだが、これはこれで満足。

 そして、津和野の町並みを探索しに、駅を後にします。
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by hidemite | 2005-02-10 13:48 | 山陰旅行記
【回想記007】 新山口~湯田温泉~地福
b0000480_0422311.jpg 10時31分、ほぼ満席の車内に乗り込むと、今まで見た事のない空間が目の前に広がる。5両の客車とそれを牽引する機関車。機関車はC571という、C55形の蒸気機関車201両の中のひとつだそうだ。客車は、赤い部屋が印象的な展望車風客車、青で埋め尽くされてステンドグラスが煌めく欧風客車、ちょっと懐かしい匂いのする昭和風客車、ドラマでよく見かける雰囲気漂う大正風客車、更に昔の時代を髣髴とさせる明治風客車と、それぞれに個性がある。
b0000480_037449.jpg 勢い良く汽笛を鳴らし、ギシギシと金属の動き出す音がする。最後部の車両にいる私の車両は、暫くしてから、連結部分の軋む音がし、そして列車はゆっくりと進んでいく。徐々に列車は速度を上げていき、機関車は黒煙を巻き上げていく。だんだんと街から遠ざかり、緑と青以外の景色がどんどん消え、山の間をぬっていく汽車は、そこに灰色という新しい色を加えるのだ。
b0000480_037336.jpg 左上最初にある写真は、湯田温泉という駅で、山口大学の最寄駅だそうな。その右下にあるのは湯田温泉を出た後の、緑が多くなり始めてからの景色。この列車の最後部には、展望部分があるため、私はこの汽車の9割の時間をこの展望部分で過ごした。まだ9月ということもあり、外の風が心地よい。端からすこし顔を出してみると、顔に水滴があたりだした。今日の天気予報はかなり微妙な具合だったので、私の運もここまでかと思ったのだが、その水滴の正体は機関車から出る蒸気だったのである。
b0000480_0381531.jpg ん?少し黒いなあ、というのも当たり前、石炭のカスがその水滴の中には混じっており、私のカメラを汚していく。まあ、これくらいの汚れは拭き取れば直ぐ消えるようなもので、あまり気にしていなかった。しかし、この水滴が後に大惨事の引き金になるとは、この時は予想だにできていなかったのであった。ちなみに中段の左にある、篠目駅で少々停車したので、この右にある写真を収める。もう辺りは緑があふれる感じになっている。空気が非常に清んでおり、なんとなく元気をもらった気がする。
b0000480_0382816.jpg いくつものトンネルを越え、列車が動き出してから約1時間後、地福駅に到着。ちなみに途中駅で乗降する客は殆どいない。基本的には、終点の津和野駅まで行った後に、又3時過ぎに出発する同じ列車に乗って、帰ってくるパターンらしい。私のように、そのあと列車を乗り継いで、という人間はあまりいないのだろうな。とにかく、まだまだ旅は始まったばかり。さあ、徐々に楽しむぞー、と気合を入れていくのであった・・・
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by hidemite | 2004-12-02 01:35 | 山陰旅行記
【回想記006】 新山口に降り立つ
b0000480_23363334.jpg この日のメインとなるのは、広島市内の散策ではなく、新山口から発車していくSL山口号に乗ること。SL山口号は10時30分頃の発車なので、新幹線に乗り新山口駅へと向かう。本来であれば直接深夜バスで新山口まで行けば新幹線代もかからないのだが、広島以西の深夜バスは、発車の時間が途端に早くなり、19時発のバスしかないのである。さすがに仕事場から直行するわけにもいかず、止む無く21時発がある広島行きを選んだということだ。まあ、多少広島見学も出来たことだし、これはこれで良しと思っている。
 西日本では「ひかりレールスター」と呼ばれる新幹線が走っている。この新幹線、普通のものとはちょっと違い、指定席の各車両にノートパソコンで仕事が出来るような座席が幾つか確保されているのだ。そういえば携帯電話を充電するのを忘れており、電池が切れてしまっていたため、このコンセントを使って携帯電話を充電しながら新山口駅へと向かった。乗車時間は約30分と少ないが、半分くらいは充電できたであろう。
b0000480_23364856.jpg と、いうわけで新山口駅へ到着。てか、この駅いつ出来たんだろうって思うというか、確かここらへんにあった駅で、小郡と言う名前はなかったかなぁ、と思ったが、旅行から帰ってきて調べたらありましたよ、やっぱり。理由は良くわかりませんが、小郡駅と言う駅名は、2003年10月のダイヤ改正で、新山口という駅名に変わりました。どッかのホームページを見たら、新幹線のぞみ号を停車させるために変えたとか書いてありまして、どうやらそれまで山口県にはのぞみは停まっていなかったようです。
b0000480_2337336.jpg そんなムダな知識はどうでもいいとして、新山口駅に降り立ち、とりあえず別の新幹線(500系)が数分待てば来るという状況で、まだSLの発車までは時間があったため、1枚だけ写真に収めておきました。てか、この新幹線初めて見たわー。ってか、もともと東海道山陽新幹線に乗ってる回数なんて、ほんの一握りなんですけどね。んでもって、その後まだ時間があったので、取り敢えず停まっていたローカル線の電車をパチリ。右の電車は山口県の海沿いを走る宇部線で活躍しているクモハ123系という電車だそうで。うーむ、「ワンマン」の文字が光っているなあ。実はこの後、旅行中は殆どの列車が2両以下でワンマンで更には無人駅という、3両運転の東急池上線やボタンでドアを開閉するJR相模線もびっくりな感じになっちゃいます。
b0000480_23371791.jpg そろそろSL列車のほうに足を運んでおかないと、乗り遅れたらとんでもない感じになってしまうので、8番線を後にし、跨線橋を渡り、1番線に到着。すると、ビックリするくらい大勢の人、ヒト、ひと。もう夏休みは終わっているのに、こんなにも親子連れが多かったなんて計算外でございまして、もっと閑散としていると思っていただけにこの雰囲気に圧倒されてしまいました。ま、圧倒されっぱなしでもしょうがないので、とりあえず列車の先頭まで行って、機関車を撮影。25年間生きてきた中で、もしかしたら幼少の頃に乗ったのかも知れないけど、記憶の中では動くSL列車を生で見るのは初めてなのでございます。いやー、普通に感動しました。会社の同期の鉄道写真家、鈴木君、この列車の存在を教えてくれて有難う。SLって、動いてないのにもかかわらず、絶えず蒸気がいろんなところから出ているもんなのね。

 さあ、これからが本番。山陰の旅は、ここから始まる。
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by hidemite | 2004-11-28 00:59 | 山陰旅行記
【回想記005】 比治山公園 その2
b0000480_20182028.jpg 比治山公園の案内図にはもうひとつの謎があった。陸軍墓地に行く際に通過する「放射線影響研究所」である。坂を上っていくと巨大な液体酸素のタンクが見え、のぼりきるとその外観があらわになっていく。ちょうどその施設の左側に当たる場所には、重々しく「放射線影響研究所 通用門」と銀のプレートが外壁に付けられている。当然こんな場所を朝早くうろついている人間は、ここに勤めるものを除き私しかおらず、リュックサックを背負った怪しい人間が写真を取ろうものなら、あらぬ誤解をかけられかねないので、守衛所から見えないようにこっそりと写真に収めた。
b0000480_20195528.jpg この施設、通称「放影研」と呼ばれているようで、広島・長崎の原子爆弾の被爆者における放射線の健康影響を調査する科学研究機関らしい。ここに来るときはそんな予備知識は微塵もなかったので、この施設でどんな実験がおこなわれているのか、少し怖い思いをしながらゆっくりと怪しまれないように前の道を通り過ぎた。因みに正門と思われる場所は、「駐車禁止」と書かれたポールが多数存在し、その全てがロープで繋がれていた。正門から入る人はいないのだろうか。正面からの寂れた外観は、私には怪しさ最高潮で、ロータリーにある「ここは放射線影響研究所の土地です。無断で立ち入ることのないように」風にかかれた重々しい文字も、旅の初日の私をげんなりさせた。
b0000480_2020580.jpg 比治山公園のおそらく最大の目玉は「広島市現代美術館」であろう。美術館は定休日で入ることができなかった。というか時間もなかったので入る事もなかったと思うけど。このちょうど向かいに「ムーアの広場」というものがあるのだが、おおよそ美的感覚のない私には理解できるようなものではなかった。そして、時間も時間ということになり、広島を後にする事となる。
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by hidemite | 2004-11-01 20:20 | 山陰旅行記