カテゴリ:詩・小説( 9 )
【心】 あと少し
この道程を 何度重ねたことだろう

行き交う人々の中に紛れて 同じ一歩を踏み出して行く

時には駆け込み乗車をし 乗車できない時もある

時にはドア際を死守するも 揺れる電車で踏まれる足

それでも 満員電車が俺に生きる実感を与えてくれる

生きるとはこういうことなのか そんなことはないはずなのに

そうとしか思えない自分の心が 暗闇のなかで小さく光る

あと少し あと少し 希望を持てれば

世の中が色で満ちていくだろう


この嘘を 何度重ねたことだろう

例え嘘をついたとしても そんなに世の中は変わらないのに

いつしか自分自身でさえ その嘘に飲み込まれていく

いつしか周りの人間すらも 知らぬ間に傷つけていく

それでも その嘘で救われている自分がいる

生きるために必要なのか そんなことはないはずなのに

それを欠かせない自分の心が 暗闇のなかで小さく光る

あと少し あと少し 正直に生きれば

誰ひとり傷つけることなんてないだろう


夢を持たずして生きる人生ほど つまらないものはない

そういつも思っている

楽しいと思って生きようとすると なんだかうまくいかない

そんな自分がもどかしい

あと少し あと少し ほんの少しでいいから

僕に勇気をください

そして再び 生きる喜びを探そう
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by hidemite | 2009-02-25 01:53 | 詩・小説
【螺子】 いつも取り残される
 僕、螺子。

 2つ以上のモノを繋ぎ止める力を持っている。

 ボンドと違って、1回くっつけてもちゃんと離すこともできるんだ。

 すごいだろ。


 そんな僕でも、欠点はある。

 繋ぎ止めるために、僕を受け入れてくれる人がいなきゃいけない。

 一人ぼっちでは、何もできないんだ。

 そんな時は仲間の大切さを実感するのです。


 あと、たまに頭にくることもある。

 僕の頭を乱暴に扱うと、螺子山が潰れるんだぜ。

 そういう奴には、絶対に僕を回させやしないんだ。

 ちゃんと力を入れる方向とか、考えろよな。


 一番悲しいのは、忘れられること。

 中途半端に知識がある人間が、家電とかをばらすと、

 決まって、本来の場所に僕を戻してくれないんだ。

 だから僕達は、いつも戦々恐々。


 離されるときに僕を忘れないでね、と言っているときは、わかってるよ、と安請け合い。

 でも、いざ元に戻すときに、君はどこだったっけと聴いてくる。

 もー、それぐらい覚えるか、メモっとけよなー。

 僕が喋れないのをいいことに、違う場所へと連れ戻される。


 でも、それくらいはまだいいと思わなきゃいけないんだ。

 大抵、仲間のうちの一人は、元の家の中に帰ることなく生涯を終えるんだ。

 あれ?いっこ余ったなー、じゃないよ!

 僕の仲間を帰してくれよ!


 確かに一人いなくても、周りの皆が頑張ると、なんとかなることはあるよ。

 でも、計算されつくした結果、そこに居場所があったのだから、

 いずれ人間に仕打ちがくるだろうね。

 ざまあみろ、という結果になりやがれ。


 今日も人間が解体したノートパソコンにおいて、僕の仲間が一人旅立った。

 もう一度解体されたら、彼は元に戻れるのかな・・・


 ああ、悲しきわが種族。
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by hidemite | 2008-04-03 22:13 | 詩・小説
【紙】 出会い、そして、別れ
 君はいつも私とともにあった。今となって振り返っても、君のいない人生は考えられなかったんだ。いや、むしろ私は君を必要としていた。まあ、君は私に限らず、引く手数多だったのだろうけど。そんな君と、永遠に別れなければならない時が来たようだ。
 君はいつも、出会っては捨てられ、出会っては捨てられるという日々の繰り返しだったのにもかかわらず、いつも傍にいてくれた。というよりも私が強制的に金で君を縛り付けていただけに過ぎない。君は何一つ文句を言わず、トンネルの中へと進み、私の元へ帰ってきたね。
 もう、いつから君といたのか覚えていないくらい、君は空気のような、あたりまえの存在だった。君の友人も沢山できたようで、初めの頃はあまり仲が良くなかったけど、数年前から仲良くなったんだってね。どちらかというと、僕はその仲の良い姿からしか見てないのかもしれない。
 君の先輩も年とともに姿が変わっていって、昔はよく身体に怪我を負ってばっかりだったのに、最近は身体もも黒くなって、若干逞しくなった気がする。一足先に別の場所で君のライバルがどんどん力をつけていったことに、君はかなりあせったかもしれない。それでも、何年か遅れたけど、君もようやく彼と一緒になれる時が来たんだろう。でも、お金を出す毎、場所を変える毎に変わっていく君の姿は、私は見ていて楽しかったよ。
 2007年3月18日は、記念すべき日だったのだけれど、私はまだ君と繋がっていた。でも、金の切れ目が縁の切れ目。今日、私は君と別れる決心をした。ごめん、1年ほど前から、私は別の娘にも浮気していたんだ。

 ありがとう、パスネット。さようなら、パスネット。今日、私鉄に乗って、スイカが無事使えることを確認しました。スイカを持っている私は、パスモに変えることは永遠にないでしょう。パスネットは、私の財布の一番上という特等席から、今日を以って、棚の中の暗闇へ消えていきます。
 これからは、スイカにお金を貢ぎ続けるということになりそうです。そして、永遠にデポジットの500円は私の手元に戻ることはないでしょう。
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by hidemite | 2007-03-25 23:43 | 詩・小説
【詩】 東京

 東京に憧れて 上京したけれど

 いつの間にやら 長い時が過ぎて

 東京に憧れて 染まり行く自分

 いつしか何かを 忘れている
 

 夢を持ちながら がむしゃらに働いた頃

 手を繋ぎながら 一緒に歩いたあの道

 初めに手にした 給料袋を見返して

 どうにもならない自分を見て 途方に暮れる


 一度も会話をしなくて 過ぎ行く一日がある

 半年住む部屋の隣 未だ顔も合わせた事ない

 ファーストフードのバイトの時給が 千円を超えてる


 それが 東京 だった


 都会がいいのか 田舎がいいのかわからないけど

 東京には東京の 仕事がある

 都会にいる時 たまに窮屈なこともあるけれど

 東京には東京の 生き方がある


 このままでいいのかと自分に 問いかける時もあるけれど

 明日は明日の 風がふく
 
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by hidemite | 2006-10-19 02:04 | 詩・小説
【白い男】 後悔するくらいなら、やったほうがいい。
 「悪気はなかったんです。まさかあんなことになるなんて…」

 私はただ悔いるしかなかった。彼の彼果てた姿を見てしまった時、それはもう手遅れで、何をしても彼の命は助かることはない。あれだけ元気に背を伸ばしていた頃が懐かしく、まさかその頃は、彼がこんな姿になるとは思いもよらなかったのだ。白さが似合うその肌からは、黄色い液体が流れ出てきており、体も折れ曲がってしまっている。どうしてこんな姿になってしまったのだろうか。

 その日は朝から部屋が原因不明の臭気に包まれ、それはきっとキッチンのディスポーザーからの臭いだと勘違いし、パイプユニッシュと換気扇と消臭プラグを総動員させてキッチンの香りを森の香りにすることに成功した。しかし、その結果に満足し、それを止めてしまい風呂に入ったことが今回の事件の解決を早めたのかもしれない。風呂からあがり部屋に戻ると、部屋は再び朝感じた臭いと全く同じ不可解な臭いがするのだ。そういや昨日とんこつのカップラーメン食ったし、仕方ないかと思っては見たものの、流石に今までにない臭気であり、おおよそ日常生活に支障をきたしてしまいそうだ。早期に原因を突き止めなければならない。

 彼と出会ったのはほんの1週間前であったろうか。それとも2週間前であったろうか。今となってはもうどうでもいいことだが、今までの生活の中で彼がこれほどにまで短命に終わってしまったのは初めてであり、これはやはり引っ越したことと何か関係があるのかもしれない。
 確かに最近は外食やインスタント食が多く、家に帰ると無気力な生活をだらりだらりと続けている。生きることは嫌いではないが、ハリのある生活ということが少々苦手に感じている今日この頃で、体調も思わしくない状態が続いていることも確かだ。まずは2時頃にならないと眠くなってこないこの体質を変えなければならないのだと思うが、なかなか家事をしてもしなくても、1時に寝ることすら難しい。昔より確実に帰宅時間は早くなっているはずなのに、生活が非効率的なのだろうか。
 だから彼と出会ったものの、暫くほっぽってしまったことは否めないのである。この間、彼はどれだけの孤独に耐えたのだろう。また、別の仲間たちと親しくする私を見て苛だっていたのかもしれない。彼はきっと、最後の主張を、自分の命と引き換えにしていったのである。

 その臭いの発生源は確実にキッチンの近くであった。それもそのはず、キッチン以外で臭いのする箇所と言ったら洋服箪笥か私のおならくらいのもので、その方向からの臭いは一切しない。私は首をかしげながら電子レンジを使い、今日の夕飯のレトルト食品作りに勤しんだ。と、その時である!




 あー、すっかり忘れてた。長葱が腐ってますよー。


 東急ストアでセールをやっていた、1本50円の長ネギですよー。


 身はしっかりしていたので、結構もつと思っていたのになー。



 ・・・・・・・・・・



 ガッカリ。

 2本買って、1本は買った日に使ったのですが、もう1本はとっておこうと思ったのが運のつきでした。その後度重なる外食で、自分の家で食事をする機会を失い、いつの間にかその存在すら忘れていました。ああ、こうなるんだったらあの時2本使ってりゃー良かった。一緒に買ったピーマンは何とか生き残ってます。

 全くもって野菜の賞味期限は気まぐれです。納豆は1週間ぐらいなら平気だったり、卵なら加熱調理すれば1ヶ月くらいは平気だったりするんですけどね。あ、でも牛乳だけはやめておいたほうがいいですね。過去に賞味期限の翌日に飲んだら味が違っていて、すぐさま口を離したのですが、その後お腹を壊しました。

 それにしても、節度ある買い方をしないといけませんねぇ。肉はラップで包んで冷凍できるので買い溜めしてもあまり支障はないのですが、野菜だけはどうしようもありません。食べ物を大切にしようと改めて思った今日この頃、皆さん如何お過ごしでしょうか。私は明日の朝気持ちよくおきれないだろうをいうことも今から想像してしまっているので、非常にげんなりしています。
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by hidemite | 2006-06-12 02:34 | 詩・小説
【画鋲】 悲しき…

 まさか、こんなとこで刺されるとは思ってもいなかったよ。

 俺、もっと生きていたかった。

 画鋲なんて、ちっぽけなものだって甘く見てたのが間違いだったんだ。

 見た目は平べったい癖して、裏を返せばこの上なく尖っている。

 そんな裏表のあるやつだけど、いっつも壁に刺されるだけの人生なんて面白くなかったのだ。

 やっぱり彼だって、もっと違う何かをしたかったに違いない。

 だけど、それが俺である必要はなかったんじゃないだろうか。

 俺を狙っても、何の得も無かった筈なのに。



 俺は必死になって、家に帰った。

 もう本当は潰れそうだったんだけど、何とか耐えたんだ。

 家に着いたときはもう、空気も何も感じられなくて、もう友人に肩を借りるほかなかったんだ。

 いつもはちゃんと立っていられる筈なのに、今日はもう立つ事すらできない。

 再び立てる日がくるのだろうか。



 友人は言った。

 「明日、直してやるよ。」

 その言葉を聞いて、私は安心して深い眠りについた。

 そして、いつの日か再び、その友人に乗ってもらえることを信じて。



 パンクなんかでへこたれたら負けなんだ。

 俺が自転車でなくなったら、ただの鉄の塊にしか過ぎないのだから。
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by hidemite | 2006-01-29 02:14 | 詩・小説
【我慢】 と忍耐
 会社からの帰り道、彼はとてつもなく我慢をしていた。急ぎたい気持ちがあるのだが、なかなか走ることが出来ない。まるでプールの中を歩くかのようにゆっくりとしか歩くことしか出来ないのだ。一部の筋肉をフル活用してはいるのだが、その筋肉を使用することに全身のありとあらゆる神経を使わなければならず、余力がだんだんと減っていっているのは自分でもわかる。しかし、早く辿り着かなくてはならない。今は自分の家に帰り着くことが何よりも大切なのだ。そうしなければ私の人格は崩壊しかねないところにまできている。もし、時間内に辿り着けなかったら…今から考えても恐ろしい。いや、そんなことを考えているヒマなどない。とにかく、家に帰らねば。
 こういう、時間を気にしなければならない時ほど決まって赤信号に引っかかる。時間は刻一刻と過ぎているのにいっこうに変わる気配のない目の前の赤信号が、まるで私に死刑宣告を突きつけているような気さえする。時間は待ってはくれない。そう考え、左右の安全を確認した上で黙々と横断歩道を歩き出した。家まであと4分程度の距離になった。曲がる角はあとひとつのみ。いつもは軽々と進んでいる緩やかな坂、その頂上が今日はいつもより遠く見える。「早く辿り着きたい、いや、着かなければならないのだ」。身体が徐々に重たくなり、毛穴からは生温い汗が一滴、また一滴、ゆっくりと重力に逆らうことなく身体を伝っていく。苦しみも最高潮に達しつつある、半ば絶望的ともいえる状況で、最後の曲がり角を曲がった。
 若干であるが、途中で苦しみが消えることが何度かある。しかし、再び苦しみに変わるとき、そのひとつ前の苦しみよりも大きな苦しみとなる。その度に、崩壊しないように全身の神経を集中させる。もう身体は限界だ。残された時間はあと僅か、一秒たりとも無駄には出来ない。
 ようやく家に辿り着いた。あとは目の前の玄関を開けるのみ。しかし、玄関のカギが見当たらない。何故だ。いつもと同じ場所にある玄関のカギが、何故今日に限って見つからないのか。…あった。焦っているせいか、なかなか鍵穴にカギが刺さらない。もう時間はない。
 扉が開いた。ようやくこのときが訪れたのだ。私は衣服を脱ぎ、喜ぶとともにトイレに駆け込んだ。

 数分後…

 そこには安堵の表情を浮かべた彼の姿があった。

 間に合ったのだ。

 そして私は、また新たなる未来へと歩き出す。













 …我慢しなきゃーいいのにね。
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by hidemite | 2005-07-13 20:58 | 詩・小説
【脚色小説】 永遠の別れ、その愛と。
 「これからもずっと一緒にいれたはずなのに・・・」そう呟きながら、私は彼女と永遠の別れを告げた。何しろこのような形で全てが終わりになるとは思っていなかったので、ただただ動揺するばかりである。おそらく相手側もそう思っているかもしれない。いや、むしろそのはずだ。それ程にこの別れは唐突で、更に無残に引き裂かれていったのである。
 思えばもう1年以上は付き合いのあったことだろうと思う。モスグリーン色をまとった彼女は、それこそ私の中では好きという部類に入っていたし、どんなことがあっても必ず一月に一回は私に近い存在だった。私が遅くまで仕事をしていたり、何も言わずに飲み会へ向かっても、何一つ文句を言うことはなく、いつでも、見守ってくれていたのである。私にしては出来過ぎだ。きっと、そこまでしてくれているのにも関わらず、私が何一つ気遣わなかったことに対して、神様が天罰を下したのかもしれない。

 その日の朝も、相変わらず遅刻寸前の電車に乗るべく気力を振り絞って外出7分前に起きていた。私は彼女と一緒に家を出、そのまま駅まで歩いていく。駅のホームに到着すると、丁度案内放送が流れるという絶妙なタイミングの中、彼女と一緒に電車に乗り、そのまま一緒に会社まで行く。いつものように地下鉄に乗り換えた後は、首に手をまわしてくるのが恥ずかしい。左右の太さが微妙に違うにもかかわらず、一歩間違えれば締付けられるのではないかと思うほどの力強さだ。そしていつもの通り会社に着いてもあたりさわりのない日常を過ごしていた。
 だから、こんな平穏な日々の中で突然起こった衝撃を目の当たりにして、私はただただ笑っているしかなかったのである。その事件は仕事も残業に差し掛かった19時前に起きた。私と彼女はある部屋で作業をしていた。その部屋には、紙が乱雑に置かれている、下のスペースも埋まっていて地震のときにはなんにも役に立たないような机が1つと、パイプ椅子よりは多少座り心地の良い椅子が3つ、コピー機、シュレッダー、スチール棚、オーディオラックに収められた機器類が狭い部屋に煩雑に置かれている。私はオーディオラックの配線を変えるべく、シュレッダーをどかし、機器の後ろに周り配線を変更していた。音声が正常に出力されるのを確認し、ラックと先程どかしたシュレッダーを元の位置に戻す。その時、私の耳に微かに聞こえる音があったのだ。と同時に私は急に体が前のめりになった。後ろで私の体を押している感触もない。かといって目の前には壁しか存在しないのだ。私はパニックになった。その状況の中で、彼女が呻き声をあげていた。私はすぐさま異常に気付き、発生した全ての音を脳の中で細分化し、今までの経験と照らし合わせる。そうか、この音はシュレッダーの音だ。私はすぐさま彼女の手を強く握った。しかし見ると彼女はもう、体の半分をうずめてしまっていたのだ。私が彼女に気を使わずに放っておいたせいだ。そんな後悔も虚しく、彼女の身体は切り刻まれ、二度と元通りになることがない。緊急停止ボタンを押し、私はなんとか助かったものの、放心状態になった。

 今まで一度も彼女の名前を目前で呼んだことはなかった。しかし、この場を逃したらもう永遠に彼女の名前を呼ぶことはなくなるだろう。ああ、ネクタイよ、さようなら。
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by hidemite | 2004-07-21 01:33 | 詩・小説
【交通考察】 駆け込み乗車な瞬間
狭い日本、そんなに急いで何処へ行く。とはよく言ったものだが、都心の公共交通機関がこれほど発達しているのも日本以外そう多くはないだろう。特に東京の電車網は充分なほど発達しており、数分歩けば必ず駅が存在する。数分待てば必ず電車が来る。私達東京を中心として生きている人間達は、そんな環境が当たり前で、在来線でさえ「風情を感じる」と間抜けな言葉を吐いてしまう事もそう少なくないだろう。仕事場所があまりにも東京に一極集中しており、それでいて都心は住むのにお金が掛かるので、殆どの人間は東京から放射状に伸びている線路沿い、いわゆる「郊外」と呼ばれる場所に家を構え通勤している。前置きは長くなったが、今回はそんな電車にまつわるエピソードを。

彼は走っていた。今日で入社2年目になる―そんな彼も、すっかり朝の睡眠グセがついてしまい、2度寝するのはお手の物、家を出る7分前にしか起きない。電車に乗るまでは家から駅まで歩く時間を含めると約12分。部屋の出口にある1分ほど早い電話のデジタル表示の時計で、電車の発車時刻の4分前になると早歩きをしなければならない。3分前ならば猛ダッシュだ。昔は余裕を持って味噌汁を飲んだり、コーンフレークを食ったりしていたのだが、最近はめっきりそれも減り、1秒でも多くの睡眠を確保するために無駄なものは一切省いている。夜早く寝ればこんなこともないだろうが、そうもなかなかうまくいかないものだ。そうこう考えているうちに駅へ着き、一安心していると皆がホームへと繋がる階段へ向かって走っている。予定の時刻より早く着いているはずだが、どうも様子がおかしいので彼も階段へ向かって走り出した。階段を中段まで上ると、なんと降りてくる人間がいるではないか。ということは既にホームへ電車が停車しており、扉が開いているということなのだ。私の7段ほど先を行く女性も必死に走っており、私もそれに追いつくべく走る。走る。走る。ようやく私から電車が見えたとたん、扉は閉まりだした。そこへ女性が駆け込みいったんドアが緩む、その隙を狙い間髪いれずに彼も顔と手を捩じ込んだ。既に鞄が車中に入っていた幸運もあり、扉をこじ開け、何とか彼は遅刻から守られたのである。後に彼は会社の先輩にこう言われる「お前、顔に線が入っているよ」と。そう、彼の顔の両側には扉のゴムの線がくっきりと2つ、直線状に入っていたのだ。彼はそれに気付かず、約30分間過ごしていたことになる。

駆け込み乗車は危険ですからおやめください、と駅構内の張り紙、駅員の声や車掌の声、至るところでアナウンスされているが、それを守る人間はごく僅かだ。酷い所になると、ドアが閉まる瞬間に傘を入れ、そこからこじ開けて乗る人間もいるという。その電車に乗れなくとも、次の電車は数分後に来るし、それをするくらいなら始めから余裕を持っていけばいい。我侭な人間の行動の為に電車の発車が遅れ、他の人間が迷惑するのは明白なのだ。客観的に考えることはできるのだが、あくまでもそれは考えで、まさにその状態が自分に降りかかると、さきのような行動をとってしまうものだったりする。つくづく余裕の持てない自分が腹立たしい。

彼は又走っていた。帰りの電車の時刻表はあまり目にしないのでいつ電車が来るかは把握しきれていない。しかも帰りは乗り継ぎが悪いため、1本後の電車でも家に辿り着く時間が同じ事など往々にしてあり、酷く矛盾を感じるのである。それでも電車が今まさに扉を閉めようとしていても、彼は最後の望みを賭けて階段を駆け下りるのである。こういった時は大抵途中でリズムがずれてしまい、その瞬間に駆け下りることが出来なくなるのだが、その日の彼のリズムは完璧であった。にもかかわらず無常にも扉は閉まりかけている。そこに手を伸ばす。指が引っかかった。この瞬間、彼は勝利を確信し、再び扉が開くのを待っていた。しかし扉が開く気配はない。こともあろうか、その確信した瞬間に一瞬気を緩めてしまい、いつもならやっていた、もう一つの手を扉に入れることをしなかったのだ。もう彼に選択の余地はなかったのである。彼は発車ベルの鳴り終わったホームで数十秒も掛けて扉から指を引き抜き、黄色い線の内側へ下がることを余儀なくされた。無常にも、緑色の帯をまとった銀色の電車は、彼を嘲笑うかのように甲高いモーター音を鳴らしながら去っていった。幸いその残ったホームに人影はなかった為恥じることはなかったのだが、結果指には痛みが残り、次に乗った電車は乗り継ぎの悪い電車というパターンで、その電車に乗れなかったことを彼は後悔したのだ。何故あそこで気を緩めたのか、と。

駆け込み乗車は危険であることはいうまでもなく、やるからにはそれ相応のリスクがあることを覚悟しなければならない。しかし、駆け込まないで乗れるのならばそのほうが断然良い。1分1秒を争うのではなく、そうならない合理的な方法を考えていくことが、きっと今の彼や日本人には必要なことなのかもしれない。でも、わっかっちゃいるけど、やめられないんだよなぁ、ホント。
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by hidemite | 2004-07-21 01:32 | 詩・小説